書類は続くよどこまでも

昨日ヴィエンチャンに到着。サムヌアの旅は終了。

前回記事で無事調査させてくれるお宅が二つ見つかったことを
書きましたが、それから少し日が開いてしまいました。
その間に何をやっていたかと言うと、書類の旅です。

一通り書類の旅を終えて分かった、
ラオスの地方で調査するための手続きは以下の通り。

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1.@ヴィエンチャン
外務省から調査許可(バイサヌー)をもらう。
受け入れ機関から紹介状をもらう。
(あと、ほんとは情報文化省からの紹介状が必要だったらしい)

2.@県庁所在地
外務省からの調査許可と紹介状に基づいて県庁から調査許可をもらう。
県庁からの調査許可と、
「何月何日どこどこ村で調査」と書いた調査予定表に基づいて、
県の情報文化局から各行き先の郡宛ての紹介状をもらう。

3.@郡役所
県情報文化局からの紹介状と調査予定表に基づいて、
郡の情報文化局から村宛ての紹介状を書いてもらう。
(手書きだったりする)

4.@村
郡情報文化局からの紹介状と調査予定表を
村長さんと調査先に渡して事情を説明、承諾してもらう。

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と、遠い!!!!!!
これが社会主義国家のやり方です。
基本的に中国でもこれに近かったし。
(でももうちょっと書類が少なくて適当だった)
ラオスの制度はベトナムに学んでいるらしいので
ベトナムでも似たような感じなんでしょうか。
日本ではどうなんでしょうね?
日本人なので日本で外国人が調査するうえでの手続きは知りませんが
それなりにややこしい…ことはないか。
ちなみに今回はちょっとごにょごにょ不備があり、
いわゆるちょっとした「追加経費」が必要でした。
「困ってもやりようはある」
「現地の受け入れ先のラオス人がいることが手続き上極めて重要」
というのが今回学んだことでしょうか。
ちなみに、長期調査のためのビザ手続きはこれとまた別にあります。
そっちは全部ヴィエンチャンのなかで完結できますが。
うおおおおややこしい。

そんなわけで、村が決まったことでこの書類リレーが始まったのでした。

ふたたびバスで6時間かけてムアンエットに行き、
まだ就業時間内なのに水浴びに行ってた(さもありなん)
ムアンエット郡情報文化局の人に紹介状を書いてもらって
ムアンエットの調査先であるルー村のお宅で一泊。


私は気が付かなかったのですが、ウッタラーさんは
この家ではしつこく「調査受け入れ契約の契約書書くから次も来い」と
言われてとてもげんなりしていたらしい。
それを後で聞いて私もげんなり。
いや、調査報酬が明瞭になっていいのかもしれませんけど…。
(ちなみにそんな契約を結ぶ義務は公式書類のどこにもありません)
写真の食事の時も「日本人だから特別な料理が必要か」と聞かれて
「そんなことはない」と返事をしたのですが、
どうもこれも単なる興味や私への配慮というより
「特別な料理が必要ならそれを用意する金を余計にふんだくれるぜ」
という意図だったらしく…やれやれ。

翌朝7時に出てバスに乗り、
また6時間かけてマ川を見ながらヴィエンサイへ。
ちなみに昨日聞いたところによると
マ川ではベトナムの企業が砂金採取をしていて
年に2〜3回毒を撒いて砂金採取にじゃまな生き物を死滅させるため
マ川に魚はおらず、川の水で水浴びもできないのだそうな。
なんたる環境破壊。
金を買う気が失せるけど、
こういう話は貴金属や鉱物資源採取につきものなんですよね…。
時々川に浮かんで砂利をあさっている船は砂金採りだったのか。


(いい写真が撮れなかったのですが、遠くにちっちゃく見える
 ブルーシートかぶった船が砂金採り船)

ルー村はムアンエットからすぐなので楽だったのですが
ヴィエンサイ郡の調査先ムアンリェット村は
ヴィエンサイからかなり離れているので結構面倒。
(ヴィエンサイからサムヌアに行く途中にある)

ヴィエンサイ行きの交差点でバスを降り、
ちょうどそこで親戚を待っていた黒タイ族のご婦人に
トラックを呼び止めてもらい、
(「黒タイ族には旅人を助けるといういい風習があるのよ」と
 ウッタラーさんは言っておられました)
ウッタラーさんは助手席、
私はトラックの荷台に乗って
ヴィエンサイの郡庁所在地を取り囲む美しい崖を眺めながら
ヴィエンサイへ。
そこで紹介状を書いてもらって、
荷卸ししてちょうどサムヌアに帰るところだった、
行きに乗ったトラックでムアンリエット村へ。
調査先の歌い手さんに電話をすると今家にいないとのことだったので
まあ村長さんに書類渡せばいいかと思っていたら
いざ村に着いて村長は誰かと聞いてみたところ
なんと当の歌い手さんが村長だったというヲチが付き(笑)
たった2日で書類リレー仕事完了!

しかしまだ終わりではなかった…